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この記事では、本サイトの所有者である森山真祐子(もりやままゆこ。別名、マヨネーズまゆこ)についてご紹介していきます。「東南アジア」「オープンソース」「デジタルノマド」「コミュニティ」などなど…。自分を表すキーワードはたくさんあります。この記事では各カテゴリーに分けて時系列順にご紹介していきます。
ちょっと変わったキャリアが複数あるので、「他になかなか頼める人がいなくて困っている」というお仕事で、お役に立てるかも知れません。
例:
- 海外向けサービスをつくりたい会社
- 英語・日本語の通訳
- カルチャー理解が必要な場所
- 独自プロジェクトの伴走
- コミュニティ運営
- 現場支援
- イベント企画
- エリア調査
- カスタマーサポート
これを読めばあなたも森山真祐子マスター!
経歴
1. 大学卒業後、カンボジアへ。ウェブサイト制作者になる
大学卒業を目前に控えた時期、自分の将来がうまく描けず、思い切ってカンボジアの日本語フリーペーパー「クロマーマガジン」のインターンに応募し、卒業と同時に渡航しました。約2年間、カンボジアを中心に過ごしました。
この生活の様子は、「なでしこVoice」というブログに特集され、記事がTwitterで広く紹介されることもありました。日本の友人から「あの記事見たよ!」と連絡が届くこともあり、海外で挑戦した実感と、背中を押されたような気持ちを覚えました。

佐々木俊尚さんの「朝キュレ」で取り上げられ、いろんな知り合いから「見たよ〜」と連絡をいただいた
現地では、観光業に関わるカンボジア人や外国人と、仕事もプライベートも混ざったようなつながりができ、自然に自分もフリーランスの道を歩みだしました。
中学生から続けていたジャズ演奏を現地でも楽しんだり、イベントに参加したりと、とても充実した生活を送りました。その中で、パソコンを扱える強みを活かしながら、フリーランスに近い形でウェブサイト制作の仕事も任されるようになります。クルクメールやチャイマッサージといった現地の日系ビジネスのウェブサイト制作を担当したり、アンコール日本人会の広報を担当したり、「パソコンのできる何でも屋さん」として活動しました。
2013年に帰国し、ここからWordPressコミュニティとの出会いにより、活動の幅が大きく広がっていきます。


2. WordPressコミュニティに参加
2013年に日本へ帰国すると、WordPressコミュニティとの出会いが大きな転機になりました。
帰国してすぐWordPress10周年を記念したイベントが開催され、そのライトニングトークで、カンボジア滞在中に制作したウェブサイトについて発表しました。ここで偶然、使用していたWordPressテーマの作者と会場で出会い、単なるユーザーグループではない、貢献者の集まるオープンソースの面白さを知りました。
この出来事がコミュニティへの扉となり、WordBench東京やWordPress Meetup Tokyoで毎月のイベントスタッフを務めるようになります。さらに翌年、日本最大規模のWordPressイベントである「WordCamp Tokyo 2014」で、千人規模の共同実行委員長を担当。多くの開発者や翻訳者、利用者と関わることで、コミュニティ活動が本格化していきました。

清野さん、秋元さんと3人でやっていた実行委員長ブログ

イベント告知やレポートをまとめていた WordBench.org を始めとした各種サイトはもうアクセスできなくなってしまっています。
国際的なつながりも生まれました。WordPressコミュニティサミットへ招待されたことをきっかけに、海外のWordPressイベントへ参加するようになり、世界中の仲間と自然につながっていきました。コミュニティチームでは、アジア地域でWordPressイベントを開催したい人へレビューや相談対応などのサポートを担当しました。
また、翻訳に携わる Polyglots (多言語話者) チームの一員としても活動。新しいWordPress バージョンの翻訳、テーマやプラグイン、プラットフォームや公式ドキュメントの日本語化、翻訳者育成などを続け、より多くの日本語ユーザーが安心してWordPressを使える環境づくりに貢献しました。
WordPressというひとつのテーマを中心に、国内外の人と深い交流を持てる喜びは大きく、イベントに参加するたびに視野が広がり、人生そのものが国際的な方向へと動き始めました。この経験が、後の移動生活やデジタルノマド文化との出会いへとつながっていきます。
3. コワーキング文化との出会いと、OSSカフェが教えてくれた働き方の原点

WordPressの仲間とも何度も集まったOSSカフェ
当時まだ新しかったコワーキングも、私のキャリアの初期を支えてくれました。きっかけは、東京で二番目に誕生したコワーキングスペース「下北沢オープンソースカフェ」です。
大学卒業後、友人たちが就職していく中、私はひとりでフリーランスを始めたばかりでした。不安もありましたが、OSSカフェにはさまざまな分野のフリーランスが集まり、刺激を受けながら働ける環境が整っていました。先輩たちとの会話や学びの多い日々は、働き方への視野を広げ、フリーランスの道を歩む勇気につながりました。
また、この時期は東京に新しいコワーキングスペースが次々と生まれていた頃でもありました。新しいスペースができると仲間を誘って訪れ、運営者や利用者と交流したり、イベントへ積極的に参加したりと、コミュニティを理解しながら活動範囲を広げていきました。
こうした経験を通じて、私は「ひとりで働きながら、仲間とつながり続ける」という価値を実感しました。この頃の出会いと体験が、現在のコミュニティ観や働き方の根底に息づいています。
4. アドレスホッパー・デジタルノマド
コワーキング文化に触れる中で、働く場所だけでなく、暮らす場所も移動していく生活スタイルを実践するようになりました。ただ、ひとりで移動し続ける生活には寂しさもあり、同じようなスタイルの人とつながれたら、行く先々で一緒に働けるのではないかと考えるようになります。こうして、ライフスタイルを共有するためのコミュニティづくりを始めました。
当時、「アドレスホッパー」という言葉がメディアで取り上げられ始めた時期で、女性の実践者が少なかったこともあり、いくつかのメディアで紹介される機会がありました。しかし、私自身はライフスタイルを発信したり、インフルエンサーになることを目的としていたわけではありません。ただ、同じ価値観で暮らす友人をつくりたかったのです。
次第に、コミュニティづくりそのものを仕事にしたいと考えるようになり、デジタルノマド向けに「ホテルと住居の中間」を提供する滞在型プラットフォームのスタッフとして関わりました。入居者のオンボーディングや提携先の開拓などを担当しましたが、コロナの影響により、当初想定していたイベントや交流の場を十分に実現できなかったことは、今も心残りです。
コロナ禍で海外渡航が難しくなる中、日本各地を巡りながら、デジタルノマドに向いた宿や滞在先を探す旅を続けました。この期間は制限も多かった一方で、日本国内の魅力を再発見する貴重な時間でもありました。

https://dot.asahi.com/articles/-/128146?page=1
5. マレーシアのデジタルノマドコミュニティ
コロナが収束しない状況の中で、マレーシアへの移住を決断します。マレーシアはデジタルノマドに人気がありながら、意外にもコミュニティが少ない場所でした。住環境は整っている一方、孤立しやすいという課題がありました。
縁あって、休業中だった民泊を引き継ぎ、ワークスペースを併設したデジタルノマド向けの宿泊施設を運営することになります。7室の小さなコリビングでしたが、多国籍な住人との共同生活は非常に濃い経験でした。施設は残念ながら2025年をもって閉業予定ですが、その間に生まれたつながりは今も続いています。
さらに、宿泊施設に限らず、街全体のデジタルノマドをつなぐコミュニティも育ち、オンライン・オフラインともに活発な交流が生まれました。この経験を通じて、私は「場所」と「人」をつなぐ役割に、より強い手応えを感じるようになりました。
これからのこと
振り返ってみると、なくなっているものが多くて驚きます!
でも、私の心の中にはあるので。あまり、今はもうないものっていう実感がないものばかりですね。
いずれも、その時の一番新しい文化を体験してきたということが、私の特徴かなと感じます。コワーキングやリモートワークなど、今は当たり前にあるものも、そのときはまだ珍しいというときにやってきました。
こちらの記事は、もうすこし整理していきます。
できること
この記事の最後には、私にこんな仕事をお願いするといいですよということをまとめていく予定です。
カスタマーサポート
ウェブサイト制作、コーディング
自動化スクリプトを書く
翻訳、通訳
などなど!


